【利尻・礼文2004 「あの日輝いていた仲間たちへ…」】

 もし一番贅沢な旅がしたいというならどこを選ぶだろうか。
 海外のリゾート、国内の温泉地、人それぞれだろう。だが、私が思いつく究極のリゾートは「利尻・礼文」である。礼文は花を求めて、利尻は山を求めて訪れる人が多い。だが、みんな目的を果たしたらそれでおしまいなのである。
 今一度立ち止まってじっくり島を堪能しよう。そこはどんな豪華なリゾートにも劣らない自分だけのリゾートがあるということを…

礼文島篇

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8月7日 【上陸】

 関西空港10時25分発全日空1797便に乗るべく、関西空港へ向かった。ところが何を思ったのか10時35分発と勘違いし、関空でのんびりとしていたら「稚内行き1797便ご搭乗の安川様…」とアナウンスが。初っ端から飛行機に乗り遅れそうになるというボケをかまして、何とか出発2分前に機内に入った。この飛行機に私の利尻島つながりであるM氏がが乗っていて、「まさか君がそういうことをするとは」と非難轟々。飛行機はちょうど出発が立て込んでいたのか15分遅れて離陸、そのまま15分遅れで稚内空港に着いた。

【左】 能登半島上空を飛行中の全日空1797便

 稚内は曇っていた。

 他の飛行機が遅れていたせいか稚内市内まで運んでくれる連絡バスも30分ほど遅れて稚内市内へと向かう。このあたりは非常にのんびりしたものだ。稚内市内では先ほど機内で一緒だったM氏とラーメン屋で昼食、M氏はすぐに利尻に渡るので礼文に先に渡る私は15時10分出港の礼文島行最終便に乗船。「ボレアース宗谷」という最新の船が約2時間で礼文島まで私を運んでくれる。船内はツアー客が多いのか座席の確保に一苦労した。

【右】 東日本海フェリー利礼航路では最新鋭のフェリー「ボレアース宗谷」。「ボレアース」というのはギリシャ神話で「北風の神」という意味だとか
 2時間ほどの航海を終え、島影が近づくと入港案内のアナウンスとともに岸壁のほうから大声で叫ぶ声を聞くことができる。礼文島名物、桃岩荘ユースホステルのお出迎え光景である。旗を振り精一杯叫ぶ姿に2年ぶりの懐かしさがこみ上げてくる。鑑賞に耽っていたら利尻島の内地の大会でよくお会いしているO氏とばったり出会った。なんと10歳のお子さん連れであった。10歳で桃岩荘でビューか、教育にいいのか悪いのか敢えてコメントは差し控えておこう。

 定番のブルーサンダー号の送迎でユースホステルへ向かう。
【左】 フェリーから望遠でいっぱいいっぱいに撮った桃岩荘のヘルパーの姿。礼文島を訪れる人なら一度は見た風景だろう。

 桃岩荘は2年ぶりだ。昨年は建物の裏の崖が崩れて危険な為、一年間休館していた。今年6月のオープン時には朝日新聞や日本経済新聞に載るわで結構驚いたものだった。この桃岩荘も初めて来てからもう9年、建物はまるで昨日のように「おかえりなさい」と静かに語っているようだった。

 実は8月のハイシーズンの桃岩荘というのは初めてで、人の多さにも少々驚いた。そしてなぜか大阪や東京で会えそうな人々もちらほらと見かけることができた。一様に皆私がこの時期来たことに驚きを見せるも、その後は明日はどうするなど旅の話が花開く。

【右】 100年以上前に建てられた鰊番屋を改装しているだけあって威容はどっしりとしている。もちろんユースホステルの周囲には人家は見当たらない。

 たまたまその日が旧暦の七夕に当たるのだそうだ。なぜかユースホステルもイヴェントをしていた。いろんな屋台がでてお祭り気分満点である。ユースホステルのペアレント(マネージャー)である秀ちゃんの手作りの「うに雑炊」に人気殺到。左の写真のどんぶりに写るオレンジ色の物体、全部うにです。これで200円は安い。大盤振る舞いである。

 あと桃岩荘では大変珍しくアルコールの販売があった(普段は全館禁酒である)。普段飲めない場所での発泡酒と美味しいうに雑炊に舌鼓をうち第一日目の夜は更けてった。

【左】 特製のうに雑炊。さすが礼文島、うにの入り方が半端じゃないですね。